対話について思うこと①

はじめに

 ここ数年で、対話という言葉をよく目や耳にするようになった気がします。それは、多様性が意識されるようになったからなのか、それとも過ごしてきた時代や場所・立場や意見の違いを理解し合うためなのか、そういうことが求められているだろうかと考えたりします。しかし、対話という言葉自体の使われ方は様々です。対話という言葉が人口に膾炙してしまった今では、その目的と意味も玉石混交だと言えそうです。対話というと、古代の哲学者の対話篇を思い浮かべる人もいれば、政治的な討論会、ビジネスシーンのツール、組織運営のコミュニケーション術、オルタナティブな人たちによる言論空間、医療や福祉の現場での治療的なダイアローグなど※ 1と思い浮かべるイメージはそれぞれ異なるでしょう。こうした玉石混交の状態だからこそ、改めて対話が成立するための前提や条件を考えてみることが大事かもしれません。こうした対話の前提や条件をまとめた本も出されています。しかし、それはハウツーのようなものだったり、単なるルールとして受け取られているに過ぎないように感じます。

前提と条件

 対話が成立するための前提や条件とは何でしょうか。教科書のようにあげるとしたら、安全な場所、対等な関係、違いを受け入れる、でしょうか。しかし、これらがどのようなことから前提や条件となっていて、実際にどのように共有していくのかはあまり語られません。そして、対話がどうして必要なのな、対話をすることで何が起こるのか、対話の目的は何なのか、その辺りは敢えて言及していないことを鑑みても曖昧すぎるように感じます。その理由のひとつに、対話をすること自体が対話の目的であり、はじめからこれだと言ってしまうと対話をすること自体が単なる方法となってしまうからだと考えられます。

 私たちは、呼吸をする時に、呼吸の目的や意味を考えたりしません。普段、呼吸していることさえ忘れています。むしろ、対話も日頃から当たり前にやっていることで、それを忘れているだけなのかもしれません。精神科医で、オープンダイアローグにも影響を与えたリフレクション・プロセスを提唱したトム・アンデルセンは、そのアイデアのひとつに呼吸と身体をあげています。トム・アンデルセンは、日本でいう理学療法士のようなボディワーカーが呼吸をする時の緊張と弛緩、身体の細かな反応に注意を向けていることから、対話の中でも呼吸や身体の反応のように、何か細やかな差異や内側と外側の感覚を身体で感じることが重要だと考えました※2 。 それは、対話というのは呼吸のようにしていること自体が当たり前で忘れているけれど、私たちが生きていくために必要不可欠なことなのかもしれません。それは、息を吐いたり、吸ったりする時に起こる差異に関する感覚、内側と外側から知覚される不確定なものに対する身体の細やかな反応、自分が置かれている場所や状況に対する言葉になる前の雰囲気や予兆、のようなものかもしれません。安全でない場所では呼吸が乱れます、安心出来ない状況では身体に力が入ります。ボディワーカーたちは、呼吸や筋肉が程よく動けるような調整が患者自身ができるようにサポートします。それは過不足なく、動かすのに必要なだけの力を込めて、必要な動きに変えていくようなプロセスです。

 そこには、呼吸をするための呼吸のやり方、力を入れるための力の入れ方、会話のための会話というよう視点があるように思います。また、息を吐くことでフィードバックされる身体の感覚を息を吸うことに活かし、息を吸うことでフィードバックされる身体の感覚を息を吐くことに活かすプロセスです。おそらくトム・アンデルセンはこのようなプロセスが対話の過程のなかにもあり、そこからヒントを得てリフレクティング・プロセスという実践を創り上げていったのでしょう。つまり、対話の前提と条件として、安全安心な場所で、いったん立場や責任を降ろして力を抜き、そこでやりとりされる差異を取り入れたり取り出したりしながら、内外からフィードバックされるものや感じられる雰囲気を吟味し、対話に変えていける仕組みや構造が必要だと考えられます。

おわりに

 最後にまとめてみると、対話とは対話自体が目的で、呼吸のように対話をしていること自体が対話の前提であり、それが当たり前のことで対話していることを忘れてしまえるほど対話ができるような状況が条件だということを文章にしてみました。しかし、おわりにという小見出しをつけておきながら、この文章はこれでは終わりません。ひとまず今回を①として対話について思うことを書き続けてみたいと思います。敢えて、Workflowなどで必要な項目を箇条書きにしたり、下書きをせずに、対話について思うことを伝わりやすい言葉で書いていくつもりです。よかったら引き続きお読みください。

注釈

※ 1 ワールドカフェ、OST(オープンシステムテクノロジー)、ファシリテーションスキル、エンカウンターグループ、村山正治先生の金魚鉢方式、PIAGIP(ピカジップ)、津村俊光先生の人間関係トレーニング、当事者研究、リフレクションプロセス、オープンダイアローグ(日本では、斎藤環、高木俊介、森川すいめい先生らの精神科医)、ホワイトとエプストンのナラティヴ・セラピーのアウトサイダー・ウィットネス、グーリシャンとハーレーンの「言語システムとしてのヒューマンシステム」など対話に関する理論や方法はたくさんあります。

※ 2 トム・アンデルセン『リフレクティング・プロセス 会話における会話と会話 新装版』金剛出版、を参照しています。