頭骸骨と貝殻、波と砂、光、風、音。

  誰もいなくなった浜辺に、いつの間にか頭骸骨と貝殻が流れ着いている。砂の上に横になり、少しばかり砂に埋もれながら、光によって、その質感が照らされている。乾いたカルシウムのような物質である質感と、湿った艶かしさのある生物の一部だった質感が、妙に際立ってコントラストを放っている。そこに、波が押し寄せ、泡に包み込まれたり、泡の中から、再び姿を現し、光に照らされたりを繰り返している。
 砂は波によって形を変える、波も砂によって形を変える。海は地形によって姿を変えて、地形は海によって姿を変えていく。一瞬の生成と消滅、永遠のような長い時間の生成と消滅、諸力の系譜図、地層と地層が褶曲し、押し上げられたり、断絶したり、離隔した空間が生まれ、新たな地形が姿を現していく。そこには、光が照らされ、風が吹き、音が鳴っている。
 波の音が誰かの記憶を蘇らせる。それは、過去の記憶でありながら、蘇るたびに新しい記憶に書き換えられてもいる。物質の記憶は一瞬で連続しない、絶え間ない断絶は、物質を物質に足らしめる。生物による記憶の反復、記憶の連続は生物を生物足らしめる。生物は連続の中で、充足とともに展開する。自らの傾向を持って。そして、物質は自らの傾向が発揮される機会を待っている。砂、貝殻、頭蓋骨、どれも記憶だったもの、記憶の痕跡が世界に忘れられている。忘却。
 生物は思考している、位相幾何学的に。亀の甲羅の形、模様、色、反復が。蜘蛛の巣の線、領域、図形が。蜂の巣の構造、強度、空間が。生物の知性が思考した痕跡が、位相幾何学的に残されている。記憶の残骸は、建築物のようだ。貝殻や頭蓋骨は、建築物のように大地に埋もれている。忘れられた記憶、世界から忘却。連続体の解体、残った質感、生物の形態の象徴。
 波は引き続き、押し寄せ、引き返している。絶え間ない反復、記憶の無い持続、光、風、音が、世界の持続を物語っている。月と太陽、天候、物質、生物、人間、言葉、社会、さまざまな時間の単位の発生と消滅の過程、大きな時間の単位が小さな時間の単位を、小さな時間の単位が大きな時間の単位を相互包摂し、物質が生物を、生物が物質を、動物が植物を、植物が動物だった頃の記憶の痕跡をみせながら、そのものであることを、世界の中で照らしている。(947文字)